桑原望の小ネタ備忘録

選挙と冗談は、すべらない。

(旧)子育て奮闘記です。

母校が甲子園に出場した時の話

ご存じのとおり、私、運動神経が残念なタイプです。
それでも、小中と野球やっていてよかったなぁと思っております。
なぜなら、小ネタがたくさん出来たから。
桑原望の小ネタシリーズの中で、野球ネタは一番多いかもしれません。
僕にとっては、スポーツで活躍するよりも、笑いを取ることが大事なので。

桑原望の小ネタ、野球シリーズ 議員時代編

僕が議員になったばかりの時のこと。
わが母校、中越高校が甲子園出場を果たした。
愛する母校のため、後輩のためということで、
甲子園に応援に行くことにした。
一般の方と同じ甲子園応援のバスツアーに参加した。

そのバスの道中で、隣におじさんが座った。
当然、甲子園談議に花が咲く。

おじさん「君は、何年卒だい?」
のぞむ 「何年卒かよくわかっていませんが、僕が高校3年生の時も甲子園出場し、2回勝ちましたよ」

なんて会話をしていたら、おじさんは衝撃的なことを口にした。

おじさん 「その年代だと、君は市議会議員の桑原望を知っているか?」

おじさん、俺、桑原望のこと誰よりも知っているよ。
俺が一番とか言うの嫌いだけど、間違いなく一番知っているよ。
親や妻よりも誰よりも知っているよ。
その後、甲子園に着くまでの間、長い沈黙がありました。

再婚2

親父が死んでから、韓流ドラマにはまった母親。
ドラマを見ながら、ドラマの男優に親父を重ね合わせて、「おとーさん」
と涙しながら見ている。
ちなみに親父はいい親父だったけど、剥げていて、太っていて、イケメン俳優とほど遠い。
韓国との関係に影響が出るほど、詐欺罪だ。

その影響で、ハングルを勉強し始めた。
俺がメールすると「アラッソ(了解)」と返信がくる。
娘にハングルを教え込むのはまぁいいんだけど、
まだ、日本語もままならない次女の結は、
意味がわからず、泣き出す始末。

母が通っているスポーツクラブで、
「アンニョハセヨ」と知らない人にも話しかけるので、
先日は、4人から「日本に来て何年ですか?」と聞かれたそうだ。

そんな母親は旅行が嫌いなので、韓国には行きたくないらしい。

悠々自適な未亡人ライフです。

再婚


日韓関係が懸念されていますが、そんなことは関係なしに母は「韓流」にはまっております。
母の部屋は、韓流俳優の写真で埋まり、張る場所さえない状態です。

そこで、(私の)母が、(私の)娘に、「写真張る場所ないから、じったん(死んだ私の親父)の写真(遺影)を外していいかな」と、もちろん冗談ですが、言いました。

さすがに、娘も怒りました。「なにいっているのババタン」。
「けど、おばあちゃま(私の祖母)なら、いいよ」とのこと。

本当に罰があたります。

そんな母ですが、昨日、私の誕生日に「お金を貯めて、嫁入り道具を買って、スンホン王子の元に嫁ぎます」とメールが来ました。

私の義理の父親は、韓流スターになりそうです。

裸押し合い祭り

debusirou



IVUSA史上最強のお祭り。
それが栃尾裸押合い祭り。
ふんどし姿で男たちが体をぶつけ合う。
「おとこ祭り」である。

ぶつからないと、寒いしぶつかれば痛い。


基本的に筋金入りの「へたれキング」の私には、恐怖でしかなかった。

そこで、私が開発したのが、「同盟」と「連合」である。
「同盟」とは、IVUSAメンバー(デブ推奨)と抱き合ったまま、押合いの輪の中に突入することである。
これだと、クッションになって痛くないし、暖かい。
「連合」は、三人以上でこれをやること。


というわけで、IVUSAのぽっちゃり系男子二名と一緒にこれをやってみた。
生まれてはじめて、ふんどし姿の男に向かってこう言った。
「抱いて」と。
(仮名)ふじたこうすけ君に、だかれ、私は、
「あったかい」とつぶやいた。


私の作戦通り、温かいし、痛くない。
少し男くさい、というかカブトムシに匂いがするが、これは仕方ない。

やっているうちに、なんだか楽しくなったきた。
基本的に、私は、酒が最弱だけど、寒すぎるので、飲みまくっていたので、酔っていたのかもしれない。

次に、IVUSAの参加者の中で、一番デブの堤下をつかまえ、抱き合いながら、裸で押し合う男たちの中に飛び込んだ。

しばらくすると、楽しくなってきたので、
IVUSA学生の堤下の乳首をコリコリいじってみた。
陥没した乳首が面白くて、ずっと彼の乳首をいじっていた。

ややこしいけど、堤下君は、本名は「中野」である。
インパルスの堤下に似ているということで、あだ名が「堤下」なのである。

乳首をコリコリしている堤下を見ると、そいつは「堤下」ではない。そして「中野」でもない。
あだ名とか本名の問題ではなく、全くの別人である。

さらに、IVUSAの学生でさえない。

私は、ずっと知らないおっさんの乳首をいじっていたのである。

謝りたい。
心の底から謝りたい。

名前も知らないあの人に謝りたい。

マッサージ


下ネタっぽいので、書くの悩んですが、おもしろい話は残しておきたいので。

少し前のことになるが、体調が最悪だった。
体調悪いし、肩こりひどいし。とにかくつらくて仕方がなかった。
けど、休めないし、仕事は盛りだくさん。

なんとかしないとと思って、近所の外国人がやっているマッサージに行った。
まぁ とにかく、触っただけでも痛いレベルなので、マッサージ最中は、涙が出るほどいたかった。
マッサージしてくれた50代くらいの女性に、「原因はなんですか?」と聞いてみた。
すると、女性は「ちん〇、ち〇こ」と連呼している。
外国人は、ストレートだな〜とか、思いながら、なんて答えたらいいのか悩んだ。

そうなると負のスパイラルで妄想が働く。
答えによっては、財界にいがたとかに、「長岡市議のあきれた下半身」とか書かれたりしたらやだな〜。とか。
ちまたで、」さすが若手市議とか、それ褒めてないよなとか。
そんな妄想。

なんか、俺が理解していなかったのがわかったのか、女性は、ジェスチャーで両手を出している。

結局、パソコンでした。なんで、ちん〇って聞こえたんだ。

ちなみに、マッサージの結果、体調は残念ながら変わらず、肩が余計にいたくなり、財布から数千円が消えた。

なんでだろう〜。なんでだろう〜

ウーロン茶

世の中には、気が利かない人、雰囲気を読めない人がおります。
私も人の事はいえず、目配り、気配り、心配りの修行中です。

さて、少し前の飲み会でのことです。
私は、お酒が最弱に近いので、ほどほどにしています。
雰囲気を壊したくないので、店員さんのところに行き、お願いしました。

私:「烏龍茶を一つください。しかし、ウーロンハイというこにしてください。私、お酒飲めないので」
私:「出来れば、水と烏龍茶を混ぜてください。ウーロンハイみたいに見えるから」
店員:「はい。わかりました」

しばらくしてから、店員さんが宴会場に烏龍茶を持って訪れました。
そして、一言

「烏龍茶と水を割った、ウーロンハイに見えるのをお待ちのお客様いらっしゃいますか〜〜〜」

店員さん。俺の気遣い台無しジャン。

おかげで、寒い雰囲気となり、そのあと、頑張って日本酒を飲みましたとさ。

ドラクエ


小さいころ、ファミコンを買ってもらえなかった。

自分のお年玉で買うといっても、駄目だった。

いわゆる親の教育方針だった。


ゲームができないことよりも、話題に入れないことが辛かった。

特にドラクエ3の時は、凄かった。

悩んだ俺は、アイデアを思い付いた。

ドラクエ3の攻略本を買ったのだ。

みんなは、ゲームをするが、私はゲームをしないで攻略本ばかり読んでいた。

その結果、かなり詳しくなった。

そして、友達は、わからないことがあると、私に聞きにくるようになった。

いつしか、私は、ドラクエ博士と言われるようになった。

約30年ぶりのカミングアウトだけど、
私は、ドラクエをやったことがない。

花火


今年の長岡祭りは、いろんな意味で私にとって忘れられない時間となりま
した。

数年前にmixiで書いた記事をコピペします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の父は、昨年10月に癌で59歳で亡くなりました。

若かったし、長男だし、喪主やらなんやらで、悲しかったのは、もちろん大変だったわけです。

父は、地元の信用金庫で働いていて、元気であれば、会社の創立100年のプロジェクトをする予定でした。

そして、今年の長岡花火。議会での議論で、不況によって、花火のスポンサーの数は減っているが、地元の銀行の記念事業によって、花火の寄付の総額は増加したと聞いておりました。

父の働いていた銀行は、創立100年を記念して、尺玉100連発を打ち上げられる予定でした。

そして、8月2日、打ち上がる100発の尺玉を見て、涙が出ました。

親父が元気だったら、このプロジェクトをやっていたんだなとか。
親父の話を聞きながら、この花火を見ていたんだなとか。

そんなことを考えると、涙が止まりませんでした。

花火が終わり、その花火の名前をしろうと、プログラムを見ると。

米百俵花火・尺玉100発

提供 TDKラムダ

とありました。

ん?

提供 TDKラムダ

親父の銀行の花火は翌日でした。・・・・・

俺は、いったい何の涙を流したんだろう?

たんじょうび

昨日は、私の39歳の誕生日でした。
妻からは、桑原家の福士蒼汰になれ とありがたい言葉をいただきました。
けど、妻は三浦春馬が好きです。

市議選挙前に


ivusaの学生代表は、選挙で選ばれます。
私も学生代表をしましたが、選挙で選ばれました。

さて、私は大学卒業してから2年間社会人をして、それから大学院に進学しました。大学院卒業後に市議選に立候補するためです。


大学院時代は、IVUSAは、事務局員として学生を指導するみたいな立場で関わっていました。

当時の今頃の季節で選挙直前のことでした。

次年度を担う3年生は、5人ほど頑張っている学生がいたのですが、
どんぐりの背比べ状態でした。

私含め、事務局スタッフは、彼らの誰が学生代表になっても、空中分解するのではないか、と心配しました。

そこで、裏ワザとして、私がもう一度学生代表をやるというプランが出ました。

私は大学院生なので、立候補資格はありますし、私が学生代表になって、新4年生が実質動かすという狙いでした。

卒業を目前にした4年生に、このプランについて聞いてみたところ、

「望さん 学生代表選挙出ても、惨敗すると思いますよ」
とのことで、幻のプランとなりました。

これから、人生かけて、市議会議員選挙に立候補する1年ほど前のことでした。

現在は約2700人の組織のリーダーを選ぶ選挙となっております。

涙と感動溢れる選挙です。まぁ 演説は下手だけど。
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