桑原望の小ネタ備忘録

選挙と冗談は、すべらない。

(旧)子育て奮闘記です。

myskip

「おっぱい」myskip1月号

「ボインは お父ちゃんのものと違うんやで」との名言を残した月亭可朝は天才だなと感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 小学生の頃、無知だった私は、女性のおっぱいの中には、「牛乳」が水風船のように入っているものだと思っていました。
もちろん、人間なのに「牛」のはずがないのですが、子どもだった私には、分からなかったのです。
食事から血液が作られ、それが母乳として子どもの心と体をつくる。
それを知ったのも娘が産まれてからのことです。

そんなわけで、娘を出来るかぎり母乳で育ててあげたいと思っていました。
しかし、娘に歯が生えて、乳首を噛むために、妻が授乳中に「いたた」と泣く事が多くなりました。
妻に辛い思いはさせたくないし、娘にも寂しい思いをさせたくないと、自称愛妻家の私は、大きな決断をし、T-シャツを脱ぎました。
娘に私の乳首を吸わせるためです。しかし、そんな気持ちも娘には伝わらず、「お前馬鹿?」といった目であしらわれてしまいました。
それでも、あまりのしつこさに諦めたのか、娘は口をつけました。
その瞬間「いででー」と激痛が走りました。
娘の噛む力は、とても強く、乳首は取れてしまうのではないかというほどの痛さです。
痛さが収まると今度は、乳首が痒くなりました。
娘はごはんでとろろを食べていたのです!!。
私は、自分の馬鹿さかげんに「30歳にもなって・・・」と落ち込みました。
お母さんの育児の大変さがほんの少しだけ、わかった瞬間でもありました。

「一歳の誕生日」myskip12月号

kappa
娘の一歳の誕生日に、妻の両親が熱海からやってきました。
二人は、桑原家に負けないほどの、ジジ馬鹿、ババ馬鹿なのでジジ・ババが4人集まると、「ジジ・ババ馬鹿サミット」が開催されます。

私の母が「夢は品のいい顔だ」と言うと、妻の母は「利口そうな顔をしている」と褒め殺しと思うほどの言葉のオンパレードです。
「いや、普通の顔だよ」と言いかけましたが、とてもそんな状況ではありません。
しまいにはこんな馬鹿息子から(俺の事)こんなに良い子が生まれるとは信じられない、と言いたい放題です。
そして、最後には「将来はライス長官(アメリカ国務長官)のようになる」ということになりました。

そういうわけで、みんなで食事をしました。
一歳の誕生日には、一生食べ物に困らないようにとの願いから、一升(一生)のお餅を背負わせるそうです。
娘にも背負わせたのですが、娘は「将来より、今が大事なの!私は!」という「超」現代っ子的考えなのか、一升餅の重さでふらふらしながらもかっぱ巻きを両手で掴み、口へと運びました。
かっぱ巻きならいいかと思って食べさせておりましたが、中にはわさびが・・・娘は「うぎゃぁー!!」と泣き叫びました。
あわてて取り上げようとしましたが、嫌がりまたも口に運び、「うぎゃー!!」と泣き叫ぶ始末です。
まったく親に似て学習能力がありません。
どうやら娘は、ライスはライスでも「ライス長官」ではなく、「お米」のようです。

「あかちゃんのうんち」myskip11月号

おまる
「お風呂での赤ちゃんのうんち」は、子育てをした人のほとんどが経験することではないだろうか。
私は勝手に、この経験をしてこそ、子育ての一人前になれると思い込んでいた。

そういうわけで、娘がお風呂でうんちをしてくれることを願いつつ(親の願いとしては最もくだらない)、毎日お風呂に入れていた。
「親の心、子知らず(ちょっと違うが)」とはよくいったもので、娘はなかなかうんちをせずに、結局、外出中の時に、妻に先を越されてしまった。
しかも、私がお風呂に入った後に妻はうれしそうに話すのであった。
そういえば、お風呂に入った時に娘の匂いがするな、と思った気がしたが、それは娘の匂いといっても、うんちの臭いであったわけだ。
何も知らなかった私は、湯船に浸かり、そのお湯で体を洗っていた。

それから数日後、妻と一緒に娘をお風呂に入れようとした時のこと。
妻が先に入り、私が娘の服を脱がせお風呂に連れていこうとした時、娘のお尻から「ブホッ」との音がした。娘がおならをしたと思って、右腕で娘を抱き上げ、左手を娘のおしりにあてて、抱き上げようとした。
すると、娘のおしりには温かく、軟らかい物体があった。
事態がつかめずに自分の左手を見ると、そこには「うんち」が湯気を立てていた。「なんじゃこりゃあ」と松田優作ばりに叫んだ私は、右腕に裸の娘、左腕にうんちを乗せ、一瞬悩んだ後、左手に「ブツ」を乗せたまま妻に娘を手渡し、トイレに駆け込んだ。

「おばあちゃんと一緒」myskip10月号

祖母と一緒祖母と娘の世代を超えた交流が面白い。
年齢差80歳以上の二人だが、娘が一番似ているのは、祖母だ。
特にほっぺたのたれ具合は一族の血がなせる技だ。

祖母も娘が生まれるまでは、歳のために少し弱気になっていたが、娘が生まれてからは「夢が学校に入るまでは元気でいたい」と娘の成長に合わせて元気になっている。
このままだと、たぶん、200歳まで生きそうだ。

先日、祖母が娘を「かば子ちゃん」と呼んでいた。
ついにボケたか、まさか「KABAちゃん」じゃないよな、それだと性別も間違っているぞ、などと思っていたが「かば子ちゃん」とは、「かわいい子」という意味だそうだ。
決してほっぺたが垂れてカバに似ているからでは無いようだ。

娘は、人見知りもせず、ほとんど泣かない。
しかし、祖母に会うと、娘は毎回大泣きする。こっちとしては、ハラハラするのだが、祖母はポジティブ思考なのか、自己チュウなのかわからないが、泣いている娘を抱きながら「泣かない子だ」などと言っている。

その祖母だが、飾ってある娘の写真を見て「夢(娘)にそっくりだ」と言う。
そりゃそうだ。本人なのだから。
冗談なのか、天然ボケなのか、それとも一流のギャグなのか、今でもわからない。

おまけに祖母は、娘を可愛がる(私の)母を見て、「なんで孫をあんなに可愛がるかわからん」と言う。
そして、「私はあそこまで孫が可愛くは無かった」とも!!おいおい、ばあちゃんちょっと待ってくれ、その孫って俺のことじゃん。(笑)

「ヒロシです」myskip9月号

たらこ祖父母の長寿を祝い親族が集まったのですが、芸人揃いの一族のため「一人一芸」というお達しがありました。
父に宴会で何をするのか聞くと「歌を歌う」とのことでした。
父は歌唱力ゼロなので芸というよりも罰ゲームだと思っておりました。

夜の宴会が始まり父の出番になりました。
テープレコーダーから流れてきたのはペピーノ・ガリアルディのガラスの部屋、いわゆるヒロシのテーマです。
いい忘れましたが父の名前は「ヒロシです」。
父は、マイクを握ってつぶやき始めました。

「ヒロシです。まだ、夢ちゃんが「ジジ」と呼んでくれないとです。まわりのもんばっかり言うとです。嬉しくなかとです。」
「ヒロシです。みっちゃん(母の妹)が夢ちゃんのプリクラを欲しがりません。ナッチ(飼い犬)のばかり欲しがります。信じられんとです。」 
「ヒロシです。うちのばあちゃんがだんだん元気になってきました。おそろしき夢ちゃんパワーです。こっちの方がふけてくるとです。」
「ヒロシです。長岡のほうがジジばか、ババばかだと思っていましたが、熱海(妻の実家)はそれ以上です。負けるとです。」
「ヒロシです。まだ生まれて三ヶ月ですが、撮った写真が400枚になりました。一年後がコワいとです」。 「ヒロシです。ヒロシです。・・・・」

で、一同大爆笑。私も腹が痛くなるほど笑いました。
熾烈を極めた一族の演芸会ですが、タラコ唇のおしゃぶりをするという荒技を見せた娘の優勝で幕を閉じました。

「命名」myskip8月号

 フリーペーパーのmyskip8月号に掲載された記事です。今回のは少し自信作です。

「命名」
私は、自分の名前を気に入っている。
学生の頃、クラスの女子に「望って名前だけはかっこいいよね」と微妙な褒められ方をされたこともあったが、本当にいい名前を付けてもらったと感謝している。
だからこそ子供には良い名前を付けてあげたいと思っていた。

子供の名前を考えている時に、母が一押しだった名前が「みかん」だった。
妻の実家からミカンが送られてくるからという安易な理由だった。
おいおい、それならば妻の実家が青森なら「りんごちゃん」下関出身なら「ふぐちゃん」なのかとさすがに言いたくもなった。

一人盛り上がっている母に「みかん」をあきらめさせるのに、私は「みかんだと最後が『ん』だからしりとり出来ないよ」と説得した。
それも意味不明だけど、母は大いに納得して、「みかん」の案は消えた。

一方、妻が押していた名前は「遥」だったのだが、「(はるか)遠くにお嫁に行きそうだから」という理由で、妻は「遥」の案を諦めた。
妻は自分が「美しい雪」という意味の名前のとおりに、暖かい熱海から雪国の長岡にお嫁に来た事をよくわかっているようだ。

そんなこんなで娘には「夢」と名付けた。
子供を授かるなんてまるで夢のようなことであること、夢を大切に生きて欲しいこと、そんな思いが込められている。

とある姓名判断によると、桑原夢という名前は、「男」では最強の名前であるという。
「女」である娘がどのような人生を歩むかはわからないが、今からおてんばになることは、覚悟している。

「プレパパ」myskip7月号

以前に長岡市のフリーペーパー子育て奮闘記に連載を持っておりました。

ご存知ない方もいると思いますので、これから定期的に再アップします。

 

プレパパ (mysikip7月号)

当選後に結婚した妻とは学生時代から付き合いのため、新婚ながら長年連れ添った老夫婦のようであった。

そのために「結婚後もしばらく恋人気分!」とはお互い全く思わずに、すぐに子供が欲しくなった。

しかし、コウノトリが絶滅の危機なのか、すぐに妊娠したわけではなかった。

妻が「妊娠したかも」といっては、すぐに妊娠検査薬で確認するものの、妊娠していない日々が続いていた。

あせりはしなかったが、検査薬が結構高く、それが負担となっていた。

私は「もったいないから、もう少し待ってから検査しようよ」と妻に伝えていた。

妻はやはり気になったのだろう、私に隠れてトイレで検査をしたようだった。

そして、妊娠が判明し、トイレから出て来て興奮しながら、「にfん★k*hたー!」と意味不明な言葉を言った。

妊娠の検査をしていることを知らなかった私は、何のこっちゃさっぱり分からず、てっきりいつものようにトイレを流し忘れたのかと思って、「ごめん。臭かった?」と謝った。

そんなこんなで妊娠が判明したのだが、妊娠中には、水害に地震と立て続けに災害に見舞われた。

地震の時は妻のお腹も大きくなっていて、 余震の度にお腹の子供が動いた。

私は、お腹の子供が不安を感じているのだと思い、なんともいたたまれない気持ちになった。

その気持ちを妻と母に話したのだが、「動かなくなった方が心配じゃない!」と二人して大爆笑であった。

「そこ笑うとこじゃないよ」と心の中でツッコミながら、正直、少し傷付いた。

やはり、母親はたくましい。

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