桑原望の小ネタ備忘録

選挙と冗談は、すべらない。

(旧)子育て奮闘記です。

小ネタ

母校が甲子園に出場した時の話

ご存じのとおり、私、運動神経が残念なタイプです。
それでも、小中と野球やっていてよかったなぁと思っております。
なぜなら、小ネタがたくさん出来たから。
桑原望の小ネタシリーズの中で、野球ネタは一番多いかもしれません。
僕にとっては、スポーツで活躍するよりも、笑いを取ることが大事なので。

桑原望の小ネタ、野球シリーズ 議員時代編

僕が議員になったばかりの時のこと。
わが母校、中越高校が甲子園出場を果たした。
愛する母校のため、後輩のためということで、
甲子園に応援に行くことにした。
一般の方と同じ甲子園応援のバスツアーに参加した。

そのバスの道中で、隣におじさんが座った。
当然、甲子園談議に花が咲く。

おじさん「君は、何年卒だい?」
のぞむ 「何年卒かよくわかっていませんが、僕が高校3年生の時も甲子園出場し、2回勝ちましたよ」

なんて会話をしていたら、おじさんは衝撃的なことを口にした。

おじさん 「その年代だと、君は市議会議員の桑原望を知っているか?」

おじさん、俺、桑原望のこと誰よりも知っているよ。
俺が一番とか言うの嫌いだけど、間違いなく一番知っているよ。
親や妻よりも誰よりも知っているよ。
その後、甲子園に着くまでの間、長い沈黙がありました。

マッサージ


下ネタっぽいので、書くの悩んですが、おもしろい話は残しておきたいので。

少し前のことになるが、体調が最悪だった。
体調悪いし、肩こりひどいし。とにかくつらくて仕方がなかった。
けど、休めないし、仕事は盛りだくさん。

なんとかしないとと思って、近所の外国人がやっているマッサージに行った。
まぁ とにかく、触っただけでも痛いレベルなので、マッサージ最中は、涙が出るほどいたかった。
マッサージしてくれた50代くらいの女性に、「原因はなんですか?」と聞いてみた。
すると、女性は「ちん〇、ち〇こ」と連呼している。
外国人は、ストレートだな〜とか、思いながら、なんて答えたらいいのか悩んだ。

そうなると負のスパイラルで妄想が働く。
答えによっては、財界にいがたとかに、「長岡市議のあきれた下半身」とか書かれたりしたらやだな〜。とか。
ちまたで、」さすが若手市議とか、それ褒めてないよなとか。
そんな妄想。

なんか、俺が理解していなかったのがわかったのか、女性は、ジェスチャーで両手を出している。

結局、パソコンでした。なんで、ちん〇って聞こえたんだ。

ちなみに、マッサージの結果、体調は残念ながら変わらず、肩が余計にいたくなり、財布から数千円が消えた。

なんでだろう〜。なんでだろう〜

ウーロン茶

世の中には、気が利かない人、雰囲気を読めない人がおります。
私も人の事はいえず、目配り、気配り、心配りの修行中です。

さて、少し前の飲み会でのことです。
私は、お酒が最弱に近いので、ほどほどにしています。
雰囲気を壊したくないので、店員さんのところに行き、お願いしました。

私:「烏龍茶を一つください。しかし、ウーロンハイというこにしてください。私、お酒飲めないので」
私:「出来れば、水と烏龍茶を混ぜてください。ウーロンハイみたいに見えるから」
店員:「はい。わかりました」

しばらくしてから、店員さんが宴会場に烏龍茶を持って訪れました。
そして、一言

「烏龍茶と水を割った、ウーロンハイに見えるのをお待ちのお客様いらっしゃいますか〜〜〜」

店員さん。俺の気遣い台無しジャン。

おかげで、寒い雰囲気となり、そのあと、頑張って日本酒を飲みましたとさ。

ドラクエ


小さいころ、ファミコンを買ってもらえなかった。

自分のお年玉で買うといっても、駄目だった。

いわゆる親の教育方針だった。


ゲームができないことよりも、話題に入れないことが辛かった。

特にドラクエ3の時は、凄かった。

悩んだ俺は、アイデアを思い付いた。

ドラクエ3の攻略本を買ったのだ。

みんなは、ゲームをするが、私はゲームをしないで攻略本ばかり読んでいた。

その結果、かなり詳しくなった。

そして、友達は、わからないことがあると、私に聞きにくるようになった。

いつしか、私は、ドラクエ博士と言われるようになった。

約30年ぶりのカミングアウトだけど、
私は、ドラクエをやったことがない。

花火


今年の長岡祭りは、いろんな意味で私にとって忘れられない時間となりま
した。

数年前にmixiで書いた記事をコピペします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の父は、昨年10月に癌で59歳で亡くなりました。

若かったし、長男だし、喪主やらなんやらで、悲しかったのは、もちろん大変だったわけです。

父は、地元の信用金庫で働いていて、元気であれば、会社の創立100年のプロジェクトをする予定でした。

そして、今年の長岡花火。議会での議論で、不況によって、花火のスポンサーの数は減っているが、地元の銀行の記念事業によって、花火の寄付の総額は増加したと聞いておりました。

父の働いていた銀行は、創立100年を記念して、尺玉100連発を打ち上げられる予定でした。

そして、8月2日、打ち上がる100発の尺玉を見て、涙が出ました。

親父が元気だったら、このプロジェクトをやっていたんだなとか。
親父の話を聞きながら、この花火を見ていたんだなとか。

そんなことを考えると、涙が止まりませんでした。

花火が終わり、その花火の名前をしろうと、プログラムを見ると。

米百俵花火・尺玉100発

提供 TDKラムダ

とありました。

ん?

提供 TDKラムダ

親父の銀行の花火は翌日でした。・・・・・

俺は、いったい何の涙を流したんだろう?

市議選挙前に


ivusaの学生代表は、選挙で選ばれます。
私も学生代表をしましたが、選挙で選ばれました。

さて、私は大学卒業してから2年間社会人をして、それから大学院に進学しました。大学院卒業後に市議選に立候補するためです。


大学院時代は、IVUSAは、事務局員として学生を指導するみたいな立場で関わっていました。

当時の今頃の季節で選挙直前のことでした。

次年度を担う3年生は、5人ほど頑張っている学生がいたのですが、
どんぐりの背比べ状態でした。

私含め、事務局スタッフは、彼らの誰が学生代表になっても、空中分解するのではないか、と心配しました。

そこで、裏ワザとして、私がもう一度学生代表をやるというプランが出ました。

私は大学院生なので、立候補資格はありますし、私が学生代表になって、新4年生が実質動かすという狙いでした。

卒業を目前にした4年生に、このプランについて聞いてみたところ、

「望さん 学生代表選挙出ても、惨敗すると思いますよ」
とのことで、幻のプランとなりました。

これから、人生かけて、市議会議員選挙に立候補する1年ほど前のことでした。

現在は約2700人の組織のリーダーを選ぶ選挙となっております。

涙と感動溢れる選挙です。まぁ 演説は下手だけど。
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